2012年9月28日金曜日

:ひとまずの結び(前半)

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● 1996/07/25[1992/07/07]





伝承によれば、ローマは紀元前753年に建国された。
そして、史実によれば、ローマは前270年にイタリア半島の統一を完成する。
『ローマ人の物語』の第一巻『ローマは一日にして成らず』は、この五百年間をとりあげている。
この巻を書くために、必読とされている研究所歴史書は、一応は勉強したと思う。
私の知識がこれら研究者のおかげであるのは、言うをまたないくらいにはっきりしている。
だが、この種の情報は得られたものの、それだけでは何ともしっくりこない。
しっくりきはじめたのは、これらの研究者が原資料として使う、古代の の歴史書を読み始めてからだった。

同時代か、そうでなくても近い時代に書かれた史書を、学者の世界では原史料とか第一次史料と呼ぶ。
この巻であつかった五百年間に関する原史料ならば、次の四書をあげなばならない。
①.リヴィウスの『ローマ史』
②.ポリビウスの『歴史』
③.プルタルコスの『歴史』
④.ハリカルナッソス生まれのデイオニッソスの『古ローマ史』

リヴィウスは、紀元前59年に浮かれて紀元後17年に死んだ、れっきとしたローマ市民である。
生涯に、一巻の分量は少ないにしても、142感におよぶ『ローマ史』を書いた。
ただし、暗黒の中世を経てわれわれに残されたのは、建国から紀元前293年までをあつかった10巻と、前218年から前202年までの時代、つまり第二次ポエニ戦役をあつかった9巻に、前201年から前167年までの14巻の合計33巻にすぎない。
それ以外は断片として残っているだけである。
それでも彼の著作の史的価値が計り知れないほどに大きいのは、初代皇帝アウグストウス時代というローマの最盛期に生きたローマ人として、祖国の偉大な歩みを同胞たちに知ってもらいたいという想いで、逐一書き綴ったからである。
編年式の歴史叙述の典型で、複雑でしかも多くのことが重なりあって進行する歴史を、そのまま複雑に同時進行的に書いてくれているから、研究者にはこれほどありがたい史料もないが、シロウトにはなかなか読み続けられない。
だが、ローマ人が自分たちの歴史をどう見ているかはよくわかる。

ポリビウスは、紀元前202年に生まれ前120年頃死んだ。
ギリシャ生まれのギリシャ人である。
この男が『歴史』を書いた動機については、この巻の没頭ですでに述べたから詳述しないが、簡略にくり返せば、ギリシャが早くも没落したのになぜローマは興隆し続けるか、という疑問が彼をして『歴史』を書かせたのである。

日本では「プルーターク英雄伝」の名のほうで知られている『列伝』の著者プルタルコスだが、この四人のうちでは後世唯一のベストセラー作家と言ってよいだろう。
紀元後46年に生まれ120年に死んだ彼は、生きた時代の違いはあっても、ポリビウス同様ギリシャ人である
彼自らが、自分は歴史ではなく人間を描きたいと書いているように、『列伝』は、ギリシャとローマの偉人たちを並列して述べた評伝である。
ただし、愉しいエピソードが満載されているからただ単に面白いだけの書物かと思うと、完全にまちがう。
実に鋭い指摘が随所に散らばっていて、革命家タイプの人物には点がカライという点は措いても、歴史家としての洞察の深さには感嘆するしかない。
相当に調べた上で書いたらしく、史料としても一級である。

ハリカルナッソスのデイオニッソスと呼ばれている『古ローマ史』の作者は、生年も没年もはっきりしない。
ただ、紀元前7年にこの書を刊行したということははっきりしているから、彼もリヴィウス同様、アウグストウス時代に生きた人であろう。
『古ローマ史』は、建国から第一次ポエニ戦役勃発の期限前264年まであつかった、全20巻で構成されている。
ただし、完全な形で残っているのは、全440年まであつかった9巻にすぎない、後は断片のつらなりである。
この男は、国敗れてローマに人質として連れてこられ、そのおかげで現実を直視する機会にめぐまれたポリビウスとも、また、ローマ領になったギリシャにとどまりながらも、ローマから眼が離せなかったプルタルコスとも、事情は少々違う。
かれだけは、ローマ史を書こうというはっきりした目的をもってローマに居を移し、ギリシャ語や修辞学を教えることで生計を立てながら、古い時代のローマ史を書いたのである。

小アジアの西辺にあるハリカルナッソス(現ポドルム)という、かってはアテネに先行したはぼの文明を持ちながら、当時はローマ領になって落ち着いている都市に生まれたデイオニッソスは、それだけになお、ローマの興隆の源泉を探りたいという想いが強かったのであろう。

同時代か、時代はちがってもせいぜいがところ百年ぐらいしかちがわない時代に生きた研究者たちの著作に、なんとなくしっくりこないものを感じていた私に、まるで素肌にまとう絹衣のように自然に入ってきたのが、この三人のギリシャ人の史観なのであった。


(注).三人のギリシャ人の史観とは
②.ポリビウスの『歴史』
③.プルタルコスの『歴史』
④.ハリカルナッソス生まれのデイオニッソスの『古ローマ史』
である。




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