2012年10月19日金曜日

★ 世界の運命:ポール・ケネデイ

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● 2011/06/25



領土と力常に大きいほど良いわけではない

 何千年にわたって歴史家と戦略家は、小さいがよく組織された力の集団が、その実際の規模とはまったく不相応に大きな影響力を発揮する場合があることを見てきた。
 たとえば、古代アテネを囲む城壁の大きさは、シリアからエジプト、そして北方の黒海まで広がる、途方もなく大きなギリシャ人の影響圏と、まったく不釣り合いのものだった。

 それから何世紀も後のポルトガルやオランダ、そして英国も、国土の広さで言えば地理的な小人だったが、それをものともせず、西暦1500年から1900年にかけて、地球上のほとんどの場所に足跡を記した。
 そして今日の世界では、シンガポール、香港、ドバイなどが、たとえばジェノバやロングビーチなどの単に繁栄する普通の港湾都市とは異なり、自分の規模を大きく上回る力を発揮している。
 やはりそこには、歴史的、地政学的な理由がある。

広さ、人口、耕地面積のバランス

 だが、規模が極小なら力も微々たるものになる、という宿命など存在しないとすれば、規模の大きさもまた、国力と影響力に非常に優れた指標ではないのかもしれない。
 おそらく、大きければ必ず偉大になる、とは言い切れないのではないだろうか。
 そこで、いかのような基礎的数字について考察したい。
 世界で最も広大な8つの政治単位の、土地の広さ、現在と将来の人口、そして耕地面積である。



 さて、地理的な広がりだけが相対的な国力の単純な尺度だとすれば、プーチン政権下のロシアは、巨人のように世界をまたにかけているはずである。
 だが、そうではない。
 それどころか、ロシアにとっての問題は、土地を持ちすぎていることである。
 凍土に覆われた何百万平方キロもの土地、いわゆる「シベリアの呪い」である。

 それを一回り小さくした形で、カナダも同じ運命を被っている。
 国土の多くの場所は、普通に住むことができない。
 もし、カナダが温順な気候だったら、アメリカのたった九分の一でなく、同じくらいな大きな人口を収容していたかもしれない。
 そして地球の反対側のオーストラリアもまた、同じように、「たいていの場所は住めない」という特徴を持っている。

 水がなければ、人も動物も作物も生き延びることはできない。
 それでもなを、カナダとオーストラリアは、これから半世紀の間に、その無人地帯における着実な人口増加が期待できる。
 これは、ロシアの恐るべき人口低下と対照的である。
 この2つの元イギリス植民地は、土地は広いものの、地理的な制約によって、控えめな人口と政治的影響力を余儀なくされている。
 ロシアは途方もなく広いが、その広さに災いされ、人口の急激な縮小によって大きな制約を受けている。

 明らかにこれと対照的なのが、中国とインドである。
 両国とも国土は広いが、大平原と長い河川流域、そして多数の山間部に、あわせて世界の人口の40%が暮らしている。
 そしてインドの総人口は、先の一覧表からわかるように、おそらく維持困難な、警戒すべき比率で増大している。
 これに加えて、利用可能な耕地面積を勘案すれば、今世紀中ごろまでに、アジアの二つの巨人の前途は暗くなる。
 ありていに言えば両国とも、 
 現在の人口が半分になった方が強くなれる
だろう。
 ここでもまた、広さ、人口、耕地面積という三本の足を持つ椅子のバランスは悪く、揺れたり、ひっくり返ったりするかもしれない。

アメリカの地政学的な強み

 かくして、残された興味は、EUとブラジルとアメリカである。
 地政学的に見て、欧州の相対的な強さ、ないしは弱さを評価することには、常に困難が伴ってきた。
 それは、当初のEU参加6カ国の時も、その後の18カ国や22カ国の場合でも同じである。
 参加国の追加は、必ずしも力の追加を意味するわけではない。
 欧州の一部の諸国は深刻な人口低下に悩まされているが、着実に増加している国もいくつかある。
 食糧供給に関して言えば、この地域は全体として自給自足であり、余剰を持つ場所もいくつかある。
 十分に豊かで居心地がいい。
 何か予測できない災害や政治的愚行でも無い限り、大きく後退することはないだろう。

 私の見るところ、ブラジルは「眠れる国」である。
 都市と田舎の貧困水準は、ぞっとするほど高い。
 社会の網の目はバラバラで、環境はひどく痛めつけられている。
 にもかかわらず、大きな地理的広がりと、現在ならびに将来の人口規模、そして利用可能な耕地と水資源の相対的なバランスで言うと、ブラジルは比較的に健康で維持可能に見える。
 20世紀を通じて多数見られたような、悪質な政治と下劣な政策によって、コースがまったく変わってしまう可能性もある。
 だが、全体的に眺めてこの国は、天与の強さを持っているように見える。

 最後に残るのはアメリカである。
 私が以前のコラムで数多く指摘してきたように、この国は近年、繰り返し自分を傷つけてきた。
 賢明ならざる、いや、まさに愚かな諸政策があった。
 過剰な連邦政府赤字、社会と教育の構造の劣化、たとえばハリケーン「カトリーナ」への対応のような、官僚の非効率、不必要な外交的傲慢さ、そして、善悪二元論で追求する、海外での軍事的な怪物退治があった。

 アメリカ政府は、国内では力を発揮せず、地球の向こう側では力を発揮しすぎる。
 だが、これは確かに大きな「もしも」だが、もしこうした欠点をすべて度外視して、
 「広さと人口と食糧供給という3つの要素」
だけを方程式に入れれば、米国の相対的な位置は、この上なくバラ色である。
 おそらく、それよりももっとよい数値が得られるのは、たとえばニュージーランドだろう。
 だが、この国は小さくて孤立している。
 それに比べてアメリカは、はるかに大きな規模で、この、天与の強力な三本足を保有しているのである。

 それなのに、本当にアメリカは「相対的に衰退」しているのだろうか?

 その通りである。
 地球規模の経済的バランスは、欧米からアジアに傾きつつある。
 それに伴って、軍事・戦略的な力のバランスも動いている。
 このことを否定するのは、愚か者だけだろう。
 だが、果たしてアメリカの衰退は、決定的なものになる運命にあるのだろうか。
 たとえばローマ帝国や、スペイン帝国を圧倒したような悲しむべき立腐れを、アメリカは経験しているのだろうか。
 いや、まだ望みはある。

 もちろん、どんな時代でも、一連の誤った政策がアメリカの政体をひどく傷つけるのは確かである。
 だが、依然としてアメリカは二つの大洋に守られている。
 隣接するのは、脅威をもたらさない二カ国にすぎない。
 そして、広さと人口と農業生産に関して、世界で最良のバランスを保持している。
 これらの基本的な地政学的要因がアメリカに対して、現在と将来に愚行を補ってくれるような、多くの強みを与えているのである。

 広さにせよ人口にせよ、大きいことそれ自体が、大国になること、大国でありつづけることを保証するわけではない。
 だが、大きな資源と好ましい地理的位置に加えて、知性的な戦略管理者を持ちさえすれば、その助けを借りて、アメリカqは非常に長期にわたり頂点に立ち続けることができるだろう。
 永遠に、とは言えない。
 だが、現在の諸政策がもたらすものよりも長いのは確かである。

 2008年4月発表





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