2012年11月17日土曜日

:文字と言語

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● 2012/03/16[2000/**]



 世界には、文字を発達させた民族と、発達させなかった民族とがいる。
 これほど価値のある文字を、すべての民族が持たなかったのはなぜだろうか。
 文字は、人類の歴史上、何度発明されたのだろうか。
 どういう状況で、どういういう用途のために発明されたのであろうか。
 今日、日本とスカンジナビア諸国では、国民のほぼ100%が文字の読み書きができるが、イラクの国民はそうではない。
 イラクでは約4千年前に文字がたんじょうしているというのに。
 それはなぜだろう。
 
 エジプト、中国、そしてイースター島の例を除いて、歴史上、文字は、シュメール文字化かマヤ文字から派生的に改良されたか、
これらの文字の使用に刺激され考案されたものと思われる。

 文字が使用されるようになるには、その社会にとって文字が有用でなければならない。
 文字の読み書きを専門にする人びとを食べさせていけるだけの生産性のある社会でなければならない。

 文字システムは「実体の模倣」か、「アイデイアの模倣」のいずれかによって一つの社会から別の社会へと広がっていった。
 誰かが何かを発明したとき、それがうまくはたらいていることを知っている人が、わざわざ自分で似たようなものを独自に作りだそうとするだろうか。
 技術や概念といったものは、「実体の模倣」か「アイデイアの模倣」で伝播するのが普通である。

 世界には現代でも、文字のない言語が存在する。
 言語学者は、そうした言語のために「実体の模倣」によって文字システムを作成している。
 具体的には、既存の文字システムのアルファベットを少し修正補足して、目的の言語を取り扱えるようにすることが多い。

 新しい発明や技術は「実体の模倣」によって伝播されることが多い。
 「アイデイアの模倣」とは、他人の成功をヒントに、自分なりに工夫を凝らして一つの成果を創り出す方法である。
 「アイデイアの模倣」によって考案された文字の典型的な例が、1820年ころにアーカンソー州で、セコイヤという名前のチャロキーインデイアンが作った音節文字である。
 セコイアは、白人が紙に記号を書いて記録をとっているのを目にした。
 セコイアは多くのインデイアンがそうであるように読み書きができず。英語をまった知らなかった。
 だから彼にとって、白人たちが記号で何をしているかはずっと謎のままだった。
 それでも、鍛冶屋のセコイアは、ちょっとした絵や図柄を使って、自分の客のツケを書いておく方法を考えだした。
 やがて絵や図柄を大きさの違う丸や線に発展させて、帳簿をつけるまでになった。
 1810年頃、セコイアはチェロキー語の表記法を開発することにした。
 <<略>>

 最終的にセコイヤは、チェロキー語には有限個の音の要素があって、どの単語もそれらの要素の組み合わせで構成されていることに気づいた。
 そして彼は、われわれが音節と呼ぶ要素に着目し、まず、200個の記号を作ってみた。
 やがて彼は、それらの多くを「子音+母音」の組み合わせを表す85個の音節記号にまとめた。
 視覚的な記号の形についてセコイアは、小学校の教師からもらった英語の教本のアルファベットに着目し、そこから約20ほどの文字を借用した。
 しかし、彼は英語をまったく知らなかったので、記号と発音との対応はちぐはぐなものとなった。
 たとえば、彼は英語の「D」「R」「b」「h」を使って、チェロキー語の「a」「e」「si」「ni」の音節を表している。

 セコイアの音節文字は、すぐにチェロキー族の間に広まり、100%の人びとが読み書きできるようになった。
 また、チェロキー族は、自分たちの文字で本屋新聞を印刷することをはじめている。
 セコイアの音節文字は、チェロキー語の発音にうまく対応していること、習うことが簡単だったことから、言語学者の評価も高い。
 セコイアの音節文字は、「アイデイアの模倣」によっても文字が誕生することを見事に示している。



 歴史上、文字を早い時期に手に入れた社会は、文字の曖昧性を減少させる試みを何一つしていない。
 その使い道や使用者層が限定されていたことについても何もしていない。
 それはなぜなのだろうか。
 この疑問こそ、文字の読み書きに対する古代人と現代人の考え方の違いを示すものである。
 
 彼らは、大衆が文字を使って詩や物語を書くとは考えてもいなかった。
 古代文字は、人類学者クロード・レヴィ=ストロースが指摘しているように、
 「他の人間を隷属化させるために」
おもに使われていた。
 文字の読み書きが専門でない、いわゆる一般の人びとが文字を使い始めたのは、後世になって、文字が単純化されるとともに表現力が豊かになってからのことである。

 人類はこれまでいろいろなものを登場させてきたが、文字はその最後の段階になって登場した。
 それはなぜだろう。
 この疑問に対する答えは、初期の文字の使い道や使用者層がきわめて限定されていたという事実の中に隠されている。
 文字を早いうちに取り入れた社会も、複雑で集権化された社会であり、階層的な分化の進んだ世界であった。
 納税の記録をしたり、国王の布告を表した初期の文字は、そうした社会体系のもとで必要とされたものなのである。

 文字が誕生するには、数千年にわたる食料生産の歴史が必要だった。
 食料生産は、文字の誕生や借用の必要条件である。
 十分条件ではないのである。




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